栗の木通信
料理研究家・横山タカ子さん×桜井甘精堂 社長・桜井 昌季 対談1
- 2013年05月13日
- 味は淡く、味わいは深く。
―信州の食文化と桜井甘精堂・新泉石亭の味を語る―
2013年秋、泉石亭は北信濃の風土と味のおもてなしをお楽しみいただく場として、装いも新たにお目見えします。リニューアルに際し、料理プロデュースをお願いしたのが、信州の食材と食文化に造詣が深い料理研究家・横山タカ子さんです。昨年末、横山さんと弊堂・桜井社長が「味わい」について語り合う機会を持ちました。信州の食文化、北信濃の食の知恵、泉石亭がめざすものなど、「食」と「味」に対し、深いこだわりを胸に秘める二人の食談義をお届けします。
「本物」を大切にする心
桜井◆今般、泉石亭のリニューアルに際し、横山先生には、新メニューを私どもと一緒に考え、調理についてもアドバイスしていただきたいというお願いをご快諾いただき、心から感謝しております。
お忙しくご活躍でいらっしゃるにもかかわらず、打ち合わせや試作のために何度も小布施へお越しくださり、改めて御礼を申し上げます。
横山◆泉石亭さんは以前からよく利用させていただいています。おそばも栗おこわも好きですが、個人的には鍋焼きうどんが大好きなんです。いいおだしを使って、きちんとお料理なさっているなと、以前から思っていたのですが、今回、メニューづくりのお話をいただいて厨房へお邪魔したとき、驚いたというか、ああ、やっぱりと思ったというか......。醤油、みりん、酢などの調味料の顔を見て、感動しました。どれも名のある老舗の醸造場で、時間をかけて醸造されたものばかり。飲食店舗の厨房で使われているのを見たのは初めてでした。
桜井◆一番見ていただきたいところに最初に目をとめていただき、しかもお褒めいただいて、これほど嬉しいことはありませんね。
横山◆実は、私が長年愛用している調味料と同じだったのです。
料理教室を頼まれる際も、私は調味料については具体的に銘柄を指定するか、自前で用意します。黙っていると、ほぼ例外なく、醸造したものではなく、「......風味」として合成されたものが用意されてしまいますから。そのほうが安価で、スーパーなどでも入手しやすいですからね。
調味料って、料理になったときにはもう見えないので、経費節減のために質を落としてしまいがちなんです。原価計算に厳しい飲食店舗でそれをせずに、しっかりした調味料をお使いの桜井甘精堂さんに、改めて敬服いたしました。「食」に対する姿勢と、また、お客様への誠意を見せていただいた思いです。
桜井◆ありがとうございます。会長である父(七代目桜井佐七)の頑固なまでの方針を、私も踏襲しています。あくまでも本物志向を貫くという...。砂糖、塩の品質にもずいぶんこだわっています。
横山◆そうですね。それに、化学調味料も一切使っていらっしゃらない。だからこそ素材の持ち味とうまみがちゃんと生きているんですね。卵もランクの高い平飼いのものをお使いですし、まさに「本物志向」ですね。
それをあえて声を大にして人に言わない奥ゆかしさも、桜井甘精堂さんの素晴らしさなのでしょう。
桜井◆恐れ入ります。
横山◆でも、お客様に、桜井さんの思いを理解していただくためにも、また、お料理の味わいを楽しんでいただくためにも、伝えるべきことは伝えていく必要があるのかなぁと感じています。
だって、時間をかけてきちんと醸造した本物の調味料を使った料理は、味も香りも驚くほど違うんですよ。調味料自体の味は薄いけれど、それが信州の豊かな食材の味を生かし、引き立てるんです。ぜひ多くの皆さんに、納得しながら味わっていただきたいですよね。
桜井◆昔からうちはPRベタで、どうもいけないのですが(笑)、今後はそういう方向も考えていく必要がありそうですね。
横山◆私は「真味是淡(しんみこれたん)」が、料理の味わいの基本だと思っています。合成された調味料によって濃い味に慣れた現代人には、"淡い味"というのは、物足りないと思われがちですが、インパクトのある強い味は、すぐに飽きがきます。
繰り返し食べたくなるもの、食後にさわやかな気持ちで満足感に浸ることができるものは、素材本来の味が生きている薄味の料理ですね。
桜井◆それは泉石亭のみならず、和菓子づくりにも通じます。当社は常に「味は淡く、味わいは深く」ということを言い続けてきました。人の手による味付けは最低限にとどめ、素材本来の深い味わいを生かすということです。
特に栗は、もともと味が淡いので、他と合わせると負けてしまう。本来のおいしさを実感してもらうのに苦慮する素材のひとつなんです。
横山◆ああ、わかります。そう考えると、泉石亭でお出しになっている栗おこわは、実にみごとな組み合わせですね。餅米も栗も淡い味、なのにどちらもおいしさを最大限に発揮して、生き生きとした味わいに仕上がっているでしょう。
桜井◆わかっていただいて、うれしいです。炊き込む際に、独自のレシピで調味液を作って加えるんですよ。正直言うと、餅米よりその調味液の原価の方が高くつくんです。でも、試行錯誤を繰り返し、飽きが来ない味を研究するなかで完成した味です。今後も変えずに貫いていきたいと考えています。
横山◆見えない部分にこそ工夫を凝らし、お金をかける。小布施・桜井甘精堂さんの"粋"を感じます。